基本演算、幾何テーブル、SIMD 命令
Bitboard の基本演算は、128 ビット全体の集合演算(AND / OR / XOR / ANDNOT / 交差判定)と、立っているビットを 1 マスずつ取り出すビット走査(Bitscan)、および 2 マス間の幾何学的関係を引くルックアップテーブルの 3 要素から構成される。
128 ビット論理演算と SSE2 / SSE4.1 命令
Bitboard は #[repr(C, align(16))] で 16 バイト境界にアラインされているため、x86_64 環境(not(miri))では SSE2 および SSE4.1 の 128 ビット SIMD 命令(core::arch::x86_64)を用いて、p[0] と p[1] の 2 レーンを 1 命令で同時処理する。
Miri 実行時や const fn 文脈、および非 x86_64 ターゲットでは、自動的に同じ意味を持つスカラー実装([u64; 2] の要素ごと演算)へフォールバックする。
Bitboard の操作 | x86_64 SIMD イントリンシック | 発行される機械語命令 | スカラー実装(const fn / フォールバック) |
|---|---|---|---|
self & rhs(論理積) | _mm_and_si128 | pand / vpand | [p[0] & rhs.p[0], p[1] & rhs.p[1]] |
self | rhs(論理和) | _mm_or_si128 | por / vpor | [p[0] | rhs.p[0], p[1] | rhs.p[1]] |
self ^ rhs(排他的論理和) | _mm_xor_si128 | pxor / vpxor | [p[0] ^ rhs.p[0], p[1] ^ rhs.p[1]] |
self.andnot(rhs)(差集合 self & !rhs) | _mm_andnot_si128(rhs, self) | pandn / vpandn | [p[0] & !rhs.p[0], p[1] & !rhs.p[1]] |
!self(盤面内ビット反転) | BOARD_MASK との XOR | pxor / vpxor | [!p[0] & BOARD_MASK_LOW, !p[1] & BOARD_MASK_HIGH] |
self.intersects(rhs)(交差判定) | _mm_testz_si128(a, b) == 0 | ptest / vptest | ((p[0] & rhs.p[0]) | (p[1] & rhs.p[1])) != 0 |
self == rhs(等値比較) | _mm_testz_si128(a ^ b, a ^ b) != 0 | pxor + ptest | p[0] == rhs.p[0] && p[1] == rhs.p[1] |
特に注目すべきは、差集合演算 andnot と SSE4.1 の _mm_testz_si128(ptest 命令)である。
andnotによる命令統合:移動先マスクから味方駒を除外するattacks & !our_piecesを素直に書くと、ビット反転(!our_pieces)とマスク処理の後に AND を行う 2〜3 命令が必要になる。attacks.andnot(our_pieces)は SSE2 の_mm_andnot_si128(第 1 引数をビット反転して第 2 引数と AND をとる 1 命令)に直接対応し、盤外ビットのマスク処理も不要となる。_mm_testz_si128による 128 ビット一括ゼロ判定:intersects(2 つのビットボードに共通のマスがあるか)やPartialEq::eq(2 つのビットボードが完全に等しいか)を 64 ビット汎用レジスタで行うと、p[0]とp[1]の比較結果を合成する必要がある。SSE4.1 が有効な環境では_mm_testz_si128を使うことで、128 ビットレジスタ全体の AND 結果がゼロかどうかを CPU の ZF(ゼロフラグ)へ直接反映させ、分岐予測ミスやレジスタ間転送を省いている。
実例 1:by_piece[PAWN] & by_color[BLACK] による先手歩の抽出
BitboardSet が保持する 2 つの基本ビットボード(駒種別 by_piece[PAWN] と手番別 by_color[BLACK])から、1 回の AND 演算で先手の歩(3七 と 7七)だけを取り出す過程を 4 枚の盤面で並べて示す。
1. position(元の局面)
2. by_piece[PAWN](すべての歩)
3. by_color[BLACK](先手の全駒)
4. AND result(先手の歩のみ)
実例 2:attacks.andnot(our_pieces) による味方駒の除外
5五 の先手飛車の利き(rook_attacks)に対し、左隣の 6五 にある味方の歩がブロッカーになると同時に、andnot(our_pieces) によって移動先から除外される様子を示す。
青い矢印が移動可能な方向、赤い丸と赤矢印が味方駒によって遮断および除外されたマスである。
AArch64 の NEON による利き判定
NEON が有効な AArch64 では、Position の利きの有無判定に 128 ビット SIMD 演算を使う。
歩、桂、銀系、金系の利きテーブルと駒種別ビットボードをそれぞれ AND で照合し、OR でまとめた結果を指定色の駒に絞る。
両方の 64 ビット領域を含む 4 つの 32 ビット要素の最大値を求め、非ゼロなら利きがあると判定する。
銀系と金系には馬、龍、玉の近接利きも含まれる。
角、飛車、香の飛び利きは占有状態に基づいて別途計算する。
Apple Silicon を含む通常の AArch64 ビルドでは、コンパイル対象の NEON を利用する。 NEON が無効なターゲットや Miri では、同じ意味を持つスカラー実装を使う。
ビット走査(lsb / pop_lsb)と BMI1 命令
ビットボード内に立っているビット(1)の個数を数える count() と、最も小さいインデックスのマスを 1 つずつ取り出す pop_lsb() は、指し手生成ループの中核である。
ポピュレーションカウント(count)
#![allow(unused)]
fn main() {
pub const fn count(&self) -> u32 {
let parts = self.parts();
parts[0].count_ones() + parts[1].count_ones()
}
}
popcnt が有効な x86_64 環境では、各 64 ビット要素に対するハードウェア popcnt 命令を使える。
NEON が有効な AArch64 では、コンパイラが cnt 命令へ変換する。
インライン化後に 128 ビット一括の処理へ統合される場合もあり、具体的なロードや水平加算の命令列はコンパイラと呼び出し方に依存する。
const fn のため、定数評価にも利用できる。
最下位ビットの抽出と消去(pop_lsb / Iterator)
Bitboard は Iterator<Item = Square> を実装しており、for sq in bb と書くだけで内部的に pop_lsb(&mut self) が繰り返される。
#![allow(unused)]
fn main() {
pub fn pop_lsb(&mut self) -> Option<Square> {
if self.p[0] != 0 {
let idx = self.p[0].trailing_zeros() as i8;
self.p[0] &= self.p[0] - 1;
return Some(unsafe { Square::from_raw_unchecked(idx) });
}
if self.p[1] != 0 {
let idx = self.p[1].trailing_zeros() as i8 + 63;
self.p[1] &= self.p[1] - 1;
return Some(unsafe { Square::from_raw_unchecked(idx) });
}
None
}
}
- 1〜7 筋の走査(
self.p[0] != 0):将棋盤の全体の約 78%(63 / 81 マス)はp[0]に含まれるため、まずp[0]を検査する。trailing_zeros()(tzcntまたはbsf命令)で最下位ビット位置idxを取得し、self.p[0] &= self.p[0] - 1(BMI1 のblsr命令にコンパイルされる)でその最下位ビットだけを0に消去する。 - 8〜9 筋の走査(
self.p[1] != 0):p[0]が空になったらp[1]を同様に走査し、ビット位置に+ 63を加算してSquare(63..=80)を返す。
また、検査対象のマスが 1〜7 筋か 8〜9 筋かがあらかじめ分かっているホットパス向けに、片方の 64 ビット要素だけを走査する for_each_low(p[0] のみ)と for_each_high(p[1] のみ)も提供されている。
以下のアニメーションは、2七(idx = 15)、5七(idx = 42)、8七(idx = 69)の 3 枚の歩が立っているビットボードに対し、pop_lsb() を繰り返してインデックスの小さい順(2七 → 5七 → 8七)に 1 枚ずつ取り出して消去していく様子を示している。
幾何学的ルックアップテーブル(board/lookup.rs)
2 つのマス間の直線関係(間にあるマス、貫通する直線、3 マスの同一直線判定)は、ピン(絶対ピン)検出、王手回避における合い駒生成、および 1 手詰めソルバの合法性判定で頻繁に利用される。
crates/rsshogi/src/board/lookup.rs では、これらをコンパイル時の const ブロックで [[u128; 81]; 81](packed_bits 形式)として事前生成している。
1. Bitboard::between(from, to)(BETWEEN テーブル)
2 マス from と to が縦、横、斜めのいずれかの同一直線上に並んでいるとき、両端(from と to)を除いた厳密にその間にあるマスの集合 を返す。
同一直線上にない場合や隣接している場合は Bitboard::EMPTY を返す。
- 王手回避での利用:飛び駒(飛、角、香、馬、龍)による遠隔王手を受けた際、
Bitboard::between(checker_sq, king_sq)がそのまま「合い駒(移動合いや打つ合い)によって王手を遮断できるマスの集合」となる。 - ピン検出での利用:敵の飛び駒と自玉の間の
betweenと全体の占有ビットボードoccupiedの論理積をとり、そのビット数(count())がちょうど1であれば、その 1 マスにある味方駒は絶対ピン(blockers_for_king)であると即座に判定できる。
以下の盤面では、5二 の後手飛車と 5五 の先手玉に対する Bitboard::between(5五, 5二) の結果(5三 と 5四 の 2 マス)をハイライト表示している。
この範囲に味方駒が 5三 の銀 1 枚だけ存在するため、5三 の銀が絶対ピンであることが分かる。
2. Bitboard::line(from, to)(LINE テーブル)
2 マス from と to が縦、横、斜めの同一直線上に並んでいるとき、from と to を通り 盤端から盤端まで貫通する直線全体のマス集合 を返す。
同一直線上にない場合は Bitboard::EMPTY を返す。
- ピンされた駒の移動可能判定:絶対ピンされている味方駒(
from)は、ピンしている敵駒と自玉を結ぶ直線(Bitboard::line(from, king_sq))の上でしか移動できない。移動先候補ビットボードとline(from, king_sq)の AND をとるだけで、ピン方向から外れる非合法手を一括除外できる。
3. Bitboard::is_aligned(from, to, king)
3 つのマス from、to、king が縦、横、斜めの同一直線上にあり、かつ from と to が king から見て同じ側(同じレイ方向)に存在するか を判定する const fn である。
#![allow(unused)]
fn main() {
let same_line = from_df * to_dr == from_dr * to_df;
let same_side = (from_df * to_df + from_dr * to_dr) > 0;
}
単なる同一直線判定(外積 from_df * to_dr == from_dr * to_df)だけでなく、内積 (from_df * to_df + from_dr * to_dr) > 0 を条件に含めることで、玉を挟んで反対側にあるマスを除外している。
この関数は legality.rs のピン整合性確認や、mate.rs(1 手詰めソルバ)における玉方の応手の高速なピン安全性フィルタ(surely_legal_defender_move)で直接呼び出される。